ここは大阪千林。下町風情が今に息づく横丁。そっと耳を澄ませば聞こえてくるはず。不機嫌な気まぐれものたちの呟きが。「ひとりが好きなわけやないけど、だれかと一緒もきゅうくつ」俗世の垢にまみれ日々あくせくする横丁の住人たちをよそに、日がな一日ごーろごろ。退屈しのぎにぶーらぶら。そんな猫たちのお気楽な横丁暮らしを見るにつけ、物憂さなんてどこへやら。「喜びも悲しみもつかの間。のんびりいこや。生きるってメランコリーにあふれてるんやから」
「ただいま。さあ夕飯や夕飯や」
と、伯父さんは両手にレジ袋をたんと抱えて千林からご機嫌に無事ご帰還する。
早速珠子と子猫ふたりしてレジ袋の中身を物色する。
「何これ。まじで豪華じゃん。コンビニ行ったんじゃないんだ」
「お前なぁ…」
珠子のコメントにあきれ顔の伯父さん。
子猫はというと、大胆不敵にもレジ袋に体ごと突入。前足でビニルを掻き掻きしてじゃれついている。ビニルのバシバシする触感とビリビリと小気味いい振動(バイブレーション)がいたくお気に召したらしく、いささかご執心の様子。
「で、キャットフードは?」
「そや、まずは猫飯から」
伯父さんは子猫のしっぽをつかむと、レジ袋からひょいと引っぱり出す。
「さてもなかなか目ざといですな」
そのレジ袋の中からキャットフードの缶詰を三缶取り出し披露する。
「さてはお味はいかにいたしましょう」
珠子は子猫を抱き上げ、
「わぁ、贅沢!どれどれ、ビーフにチキンにツナ…やっぱビーフかな」
と、珠子が見つくろうと
「肉ときたか…今時の子やな。おれらの世代やと猫ゆうたら魚ゆうイメージやけどな」
「じゃ、ツナで」
「かしこまいりました。しばしお待ちを」
伯父さんはうやうやしくお辞儀すると、レジ袋からさらにスペシャルな容器を取り出す。それというのも、クリスタルに似せたアクリル樹脂製のカクテルグラスである。どうやら100円ショップでわざわざ仕入れてきたようだ。
伯父さんはしたり顔で、カクテルグラスにプッチンプリンの要領でツナ味キャットフードをプルルンと落とし込む。
ひとときテレビで、ゴージャスなペルシャ猫が本物のクリスタルのカクテルグラスに盛りつけられたキャットフードにがっつくCMが放映されていたが、何だかそれを彷彿させるのは単なる気のせいか。
伯父さんは珠子の手から子猫をかっさらうと、床に座らせる。こんもりとキャットフードの盛られたカクテルグラスを目の前に差し出す。
かたずを?んで見守る珠子と伯父さん。
が、理想は高く現実は厳しいのが世の常。伯父さんの目論見とは裏腹に、ちょっかい一撃。子猫ごときに横っ面を張り倒され、カクテルグラスはあえなく陥落。床の上でぼっとっとへちゃげるキャットフード。
「あらら」
床に投げ出されたキャットフードを、むしゃむしゃと満足げにむさぼる子猫であった。
「これがツナやのうてナマズやったらえらいこっちゃなぁ」
「何で?」
「ナマズは英語でキャットフィッシュゆうやろ。共食いになってまいよる」
「…」
「さ、われわれも飯にしよ」
落ちが滑ったところで、伯父さんはそそくさと食卓のしつらえに取りかかる。