2016年01月

阪神淡路大震災から21年

阪神淡路大震災からかれこれ21年の月日が流れたんですね。震災以降に生まれた子供達いわゆる“震災を知らない子供達”が今年とうとう二十歳を迎えたのですから。発災直後の惨劇を見るにつけ、当時はこんな悲惨な状況が永遠に続くのではないかと途方に暮れたものです。それでもちゃんと復興するもんなんですね。言葉は悪いですが人間のど根性は本当に目を見張るものがあります。もちろん、まったく元通りに返るわけではありません。前より良くなったものあります。が、一度失われてしまった物は決して元には戻らないもの。まして人の命はなおさら。それにつけても青桃もこれまでよくぞ無事生き延びてこられたものだ。一度に6400を上回る人命が失われた阪神淡路大震災を切り抜け、さらに発災から今年で5年になる東日本大震災では死者・行方不明者18,000人を上回る中を生き延びた。自然災害に限らず交通事故や重大疾病、凶悪事件etc.いつ何時この身に降り掛かるやもしれぬ禍と背中合わせで日々暮らしておきながら、生まれてこの方未だ命あるのだから。青桃の知人がこんな事を言っていた「こうして今日まで生きてこられたのも、日々人生の進め方に間違いがなかったから」と。人生まさか双六ゲームではあるまいし。が、まんざらでもない。人生どこをどう選択したのか覚えはないが紛れもなく生きているのは確か。人生一歩一歩が奇跡の積み重ね。感謝せねばと思う次第である。ところで二度の大震災を経て、のんきな青桃もさすがに備えるようになった。いつ何時起こるやもしれぬ南海トラフ巨大地震もあることだし(^^;)。高いところに物を置かない。大きな家具は壁に固定する。一通り持ち出し袋を用意する。避難場所を確認する。大事な原稿は毎日バックアップを取って、いざという時にSDカードで持ち出せるようにしているetc.そして何よりの備えは“死ぬ覚悟”をするようになったこと。今できることは今やる。明日にも死ぬかもしれないのだから、やりたいことはすぐにでも取りかかろうと考えるようになった。大事な原稿について。青桃が志半ばにして亡くなった場合、遺稿を出版社に持ち込むよう頼んでいる。母とけんかをした時には、すぐにごめんと謝るようにしている。怒って吐いた捨て台詞が今生の別れになったのでは死んでも死にきれない。そして今日も実行したこと。今食べたいおやつは明日まで持ち越さない。まぁこれに関しては死を覚悟するまでのことではないが…(^^;)

その名も“TESLA(テスラ)”

 

先日チャリンコで信号待ちしていると珍しい車を見かけた。黒のロードスター。その名も“TESLA(テスラ)”そうあのテスラモーター社のEV車。ハイブリッドなんかではなく完全に電気エネルギーのみで走る電気自動車。ちなみにテスラとは、交流発電機やテスラ変圧器の創案者ニコラ・テスラにちなんだもの。彼のおかげで遠方送電や高電圧化が実現し、20世紀工業は飛躍的に発展を遂げた。テスラはかのエジソンの直流発電と対立したことで、エジソンのネガティブキャンペーンにさらされマッドサイエンティストのレッテルを貼られた悲劇の科学者。青桃が20世紀最高の発明家を挙げるとするならテスラは確実に5本の指に入る。ところで車のテスラですが、ポルシェ911張りのトルクと馬力を発揮するスーパーカーなんだわ。もちろん価格もポルシェ並み。新車だと1800万円超え(青桃調べ)だそうな。信号待ちの間じっくり鑑賞する。テスラは家庭用充電器で電気をまかなえるらしい。取りも直さず「どこにコンセントあるんやろ?」と探し回る愚かな青桃であった。千林くんだりでテスラなんぞにお目にかかれるなんて、ホンに日本は自動車大国なんやなぁ。まぁエコの面からすれば青桃の勝ちやけど。なにせ完全無欠の自家発電フルオートマチックやからなぁ。それに航続距離が短くすぐにバッテリー切れを起こすテスラとは違い、青桃こう見えてスタミナ切れしませんことよぉ。冗談はさておき、やはり完全EV車は庶民にとっては夢のまた夢。所有することはおろか充電費を工面するのもなかなかどうして大変。家電のようにお手軽にはいかない。自宅は大豪邸でお家の屋根にはびっしりソーラーパネルが完備され売るほど電気が有り余っていないと、なかなかこんな馬鹿高くメンテナンスにお金の掛かる車には手は出せない。そうは言っても、何事も出端の頃はそういうもの。自動車黎明期の頃だって貴族か大金持ちしか自動車は所有できなかった。T型フォードが世に出て自動車が大衆化されて以来、良きにせよ悪しきせよ人類は車なしには生きられなくなった。近年ちょっとは環境にも配慮する心が芽生えた(まだまだ全然足りないけれど(^^;)。トヨタのプリウスが市販された時にも、出端の頃はハイソな人しか手が出ない高級車だった。それが今じゃ街角で見かけるのが当たり前になっている。それからすればEV車だってありふれた車になるのも時間の問題かなぁ。そう言えば最近巷で話題の自動走行車。自動走行システムとEV車がマリアージュすれば…来たるべき未来は、お掃除ロボットルンバのごとく町中に自動走行EV車が走り回る、てなことに。青桃が生きている内に実現しそうである意味怖いような(^^;)。

「芸術は長く人生は短し」

 

デビッド・ボウイもアラン・リックマンもガンだったんですね。素敵なイギリス紳士が相次いで二人も亡くなるなんて、奇しくも69歳と同い年だっただなんて青桃超ショック(T_T)。アラン・リックマンと言えば正統派英国俳優。英国俳優と言えばシェークスピア劇などの舞台を経験した実力派揃い。アランさんも言うまでもなくそのお一人。日本では『ハリー・ポッター』のスネイプ先生でお馴染みでしょうけれど。青桃としては『ダイハード』で日本商社ナカトミコーポレーション自社ビルを占拠する凶悪無慈悲なドイツ人強盗団のボスをクールに演じていたのが印象的。それにつけてもあの映画、ぼろ儲け主義の日本企業に狡いドイツ人強盗団が押し入ったところへ、ぺっかぺかのアメリカンヒーロー参上!窮地を救うという典型的な勧善懲悪のシチュエーション。日米独三つ巴の構図が、映画公開当時1988年の経済情勢をあまりにも露骨に表現しておりなかなか興味深かった(^^;)。おっと脱線してしまった。アランさん、あの鋭い目つきのおかげで悪役に抜擢されることが多かったかなぁ。映画『ロビンフッド』ではケビン・コスナー扮するロビンフット相手にクレイジーな悪代官を怪演していたっけぇ。そう言えば『ハリーポッター』でも「あれ、スネイプ先生ってもしかして悪者?」と思わせるシーンもあったっけぇ。とは言え映画『ラブアクチュアリ』では恐妻家の妻を向こうに不倫未遂におよぶ肩身の狭い夫を悲しくも滑稽に好演していた。あの映画はグランドホテル方式で展開される群像劇でコリン・ファース、リーアム・ニーソン、ヒュー・グラントなど名だたる英国俳優そろい踏みときて、青桃思わずよだれが出そうだった。アランさんはそんなアンサンブルキャストの一人だった。あの役のアランさんはどことなくメランコリックで青桃は一番好きやなぁ。映画と言えばデビッド・ボウイも結構出演されていたっけぇ。ボウイさん出演作品と言えば『戦場のメリークリスマス』なんかが世間では取り沙汰されるけれど、青桃としては『ラビリンス』が結構好き。まだまだ胸がぺっちゃんこだった頃の美少女ジェニファー・コネリーを相手に、グラムロックの旗手に相応しくぶっ飛んだコスチュームの魔王役はいかにもアーティスティックではまっとったなぁ。まぁボウイさんの場合、存在そのものがアートやからなぁ。それにしたって60代で逝かれるのは今時若すぎる。せめてもの慰めとしてはお二人の作品が永遠に残されていること。しばらくはこれを鑑賞して感傷に浸ろう。古代よりよく言うじゃないですか「芸術は長く人生は短し」と。

“成人の日記念の集い”

 

1月11日と言えば成人式ですね。青桃は成人式にかれこれ12回も参加している。「何をそんなに何遍も成人式に出席しとんねん?大人の階段12回も踏み外しとんか?」とお叱りを受けそうですが。大人落第生であるとはたしかに言えてるかも(^^;)。それはそうと世間で言うところの成人式なるもの、大阪市旭区では正式名称“成人の日記念の集い”と言って旭区青少年指導員連絡協議会が主催する奉仕活動の行事のひとつなんです。青桃もかれこれ12年青少年指導員を続けておりまして、そんなこんなで成人の日の集いに12回も参加しているわけなんです。ちなみに青桃は自分の二十歳の成人の日記念の集いの際、実は当日「そうであった!」とはた気づき普段着で会場に急ぎ駆けつけたものの、付き添いと間違われ結局会場には入らず記念品だけ戴いてすごすごと帰宅した記憶が…そのバチが当たったのか、この後12回も成人の日記念の集いにお手伝いとして参加する憂き目に(^^;)。おっと!憂き目なんて冗談ですよ、喜んでご奉仕させて戴いておる次第であります。この成人の日記念の集い、尽力しているのは青少年指導員ばかりではございません。他にも様々な方々によって支えられております。手話ボランティアの方々。和装が着崩れた際に直してくださる“着付け110番”なるボランティアの方々。二十歳の晴れ姿をカメラにおさめる撮影クルーの方々etc.それに忘れてならぬ旭区のゆるキャラ“しょうぶちゃん”も(^^)。旭区の新成人達は皆品行方正で、青桃が経験した限りにおいては世間でよく言う“荒れた成人式”なる年など一度もございません。新成人はもう立派な大人なんですから当然と言っちゃ当然ですが旭区民としては誇りです。不届きな青桃とは違い、多くの新成人達はこの晴れがましい日の為に折り目正しく正装し凜として出席してくれます。ふるさと旭区から遠く離れた下宿先から駆けつける大学生の新成人。忙しい仕事の合間を縫って出席する社会人の新成人。ベビーカーを押して参加のママさん新成人。若干二十歳にして人生悲喜交々ですなぁ。いやはや若さとは素晴らしい限りです。いつまでも気持ちも見た目も二十歳のごとく新鮮なまま保っていければなぁ。最近では年齢を尋ねられて「永遠のはたちです!」なんて答えるとどん引きされるけれど…(^^;)。とは言えいつまでも幼いままではそれはそれで困りようです。見た目はともかく中身は年相応にならねば。ただ年を食っただけで成長の跡無しなんて生きていた甲斐が無いってなもんじゃないですか。若さとは決して取り戻せないものだけれど、人は若さと引き替えにして人生に何かを得ていくのも真理。英知、聡明、富、栄誉、謙虚、知足…青桃は若さと引き替えに何を得てきただろうか。